すっきりと晴れわたる5月の空は、どこまでも青く高い。
数週間前まで、今を盛りと毀れんばかりに咲誇っていた桜は青葉若葉の葉桜となり、土の色ばかりが目に付いた畦も、若芽の生え揃った新緑の絨毯が敷き詰められていた。
すがすがしい風に煽られて、鯉のぼりが勢いよくはためく。その光景は、眼下に広がる水田に映しこまれた空の青さときらめく水面に、川を泳ぐ心地よさを思い出した魚が喜び跳ねる姿にも似て、まるで絵葉書の一部を切り取ったようだと、イルカは目を細めた。
「おーい、先生!休憩にするから、かあちゃんの所まで行ってくれるかー?」
「おぅ、分かったー!この苗はどうするんだー?」
「余った苗はそこへ置いておいてくれー。後で補植に使うからー。俺はここの均しが終わったら、次の田んぼの水加減を見て適当に休んでいるから、頃合い見て次の場所に来るようにかあちゃんに伝えてくれるかー?」
「無理はするなよー!」
「あはは!何年農家やってると思ってるんだよ、先生ー」
「ははは、そうだなー!ベテランには無用な心配だったなー」
日に焼けた精悍な顔を笑顔で揺らして、首に掛けた手拭いで汗をふき取る仕草に幼かった彼の面影が重なる。彼は自分が初めて受け持った生徒だった。アカデミーを卒業後、下忍試験にも合格して上忍師の下で修行を積む毎日を過ごしていたが、父親の急逝を機に実家の農業を継ぐこととなった。
数年前の暑い盛り。三代目火影と担当上忍師への挨拶を済ませ、その足でアカデミーの門をくぐり俺の元へと挨拶に来てくれた彼へ、お茶を差し出しながら労いの言葉をかけた。受付も兼務する俺には、様々な情報が流れて来る。もちろん彼の忍び退任の命も、多種多様な情報の一部として報告の末処理された。
感情は表に出さぬが忍びの基本…とは分かっていても、彼の努力やひたむきさを目の当たりにしていた自分としては、紙切れ1枚の薄っぺらな報告に遣り切れなさばかりが先に出てしまい、眉を顰めてしまったのを思い出す。
さぞ悔しい思いでいるのだろうと、次に彼に掛けるべき言葉を逡巡していると、明るくは無いが、さりとて暗く落ち込んだ風でもない声で、彼は心の内を吐露してくれたのだった。
「この辺が限界だったのかもしれません」
弱音だろうか?と彼の顔を窺えば、口元に軽く笑みを浮かべ、少し困ったように目を伏せた表情が現れていた。あぁ、この顔を俺は1度だけアカデミー時代に見たことがある。いつも、対峙する相手の目を真っ直ぐに見つめて言葉を交わす彼が、所在なさげに手元を見つめて、躊躇いがちにこれから自分が進むべき道を迷いあぐねていると相談してきたことがあったのだ。